新・医事紛争Q&A (北海道医報 平成18年10月号掲載) 

第1回 「顧問弁護士活用法」
               北海道医師会 顧問弁護士 黒 木 俊 郎

医療法人理事長として病院を経営しています。最近,患者との医事紛争が多いので,顧問弁護士を依頼することを検討しています。
ついては,次の点について教えてください。
1 顧問弁護士の料金
2 顧問弁護士の役割(どんなサービスが期待できるか)
3 適任者の人選



1 顧問弁護士の料金
通常,診療所で月額2〜5万円,病院で月額5〜15万円であるが,医療機関の規模と顧問弁護士に期待する役割により変動する。

2 顧問弁護士の役割
 @病院が関係する全ての法律問題に関する指導・助言
 A紛争の予防と解決

3 適任者の人選
適任者は,医療問題に関する知識・経験の豊富な弁護士である。
これを病院側で判断することは困難なので,医療事故処理を担当している医師会役員などに適任者の推薦を依頼することが望ましい。


【質疑応答】

医師会のA理事:私の病院にも昔から顧問弁護士がいますが,年に数回しか利用していません。病院としては,できれば顧問弁護士に相談するような法律問題や紛争がない方がいいと考えています。

黒 木:古いタイプの病院では,訴訟や紛争が起きてから理事長・院長が顧問弁護士に相談するのみで,日常的には利用していませんでした。そのため,昔は,病院の顧問は弁護士にとって楽な仕事でした。しかし,新しいタイプの病院では,紛争が起きてからではなく,紛争予防のために日常的に顧問弁護士を活用していますので,顧問弁護士は多忙です。

A理事:新しいタイプの病院では,具体的に,どんな工夫をしていますか。
 
黒 木:先ず,第1に,顧問弁護士を理事長や院長だけの相談役にしないことです。病院で日常的に法的助言を必要とするのは,院長ではなく,事務局や医療現場の職員ですから,彼らが必要とする時に気軽に相談できるシステムにしておかなければ,紛争予防には役立ちません。
第2に,現場の職員が気軽に顧問弁護士の助言を求めるためには,面談方式ではなく,電話やファックス,電子メールを利用する必要があります。面談が不要となったことにより,私も網走や北見など遠隔地の病院や医師会の顧問を無理なく勤めることができるようになりました。

A理事:私の病院では,問題が起きてから院長が顧問弁護士に相談するようにしており,職員が顧問弁護士に相談することは,全く考えていませんでした。改善した方がいいでしょうか。

黒 木:そうですね。院長が予約をして法律事務所に出向く方式だと,対応が遅れます。新しいタイプの病院では,問題が生じそうな時に現場の職員がメールや電話をして来ますので,弁護士も即座にタイムリーな助言をすることができます。特に,医療安全相談室を設置した病院では,担当職員が自分の判断で弁護士に相談することが日常茶飯事となっています。私の事務所では,この方法によって相談件数が飛躍的に増大しました。

A理事:病院職員が顧問弁護士に直接相談して,良い結果が出た具体例を教えてください。

黒 木:ある病院で開腹手術中に過去の手術時に遺残したと思われるガーゼを発見し,術者が手術室から相談の電話をしてきたことがあります。このような場合,患者にどう説明するべきか,今後生ずることが予想される紛争にどう対処するかなど,病院としての方針を手術終了までに決定する必要がありますから,術者が手術室から電話してきたのは,適切な判断でした。この電話相談で決定した方針が功を奏し,後の紛争が防止され早期円満解決ができました。
 
A理事:なるほど,術者は患者にガーゼ遺残という事実を正直に告知したいと思ったのでしょうね。しかし,真実を告げれば,患者が過去の手術をした前医に損害賠償を請求するなどの紛争を生ずるので,顧問弁護士の助言が欲しかったのでしょう。そのほかにも,急を要する相談例がありませんか。

黒 木:医師法21条の異状死体届出義務は,履行期限が「24時間以内」と定められています。これに関する相談は急を要しますので,電話やメールを利用し,即断即決が肝心です。院長が法律事務所に出向いて相談したり,患者の遺族に説明して承諾を得るような悠長なことをしていたのでは,履行期限を守ることは困難です。

A理事:最近,顧問弁護士として病院から相談を受けられる事例では,どんな問題が多いですか。

黒 木:病院が顧問弁護士を依頼する最大の動機は,医療事故,医事紛争について法的助言を得ることです。しかし,最近では,医療事故以外の相談,例えば,病院の財産関係(借入金の返済や保証,不動産購入,請負契約など)職員との雇用契約や解雇,セクハラ,カルテ開示,患者の治療費未払いなど病院としての問題から,勤務医や職員の多重債務,破産,自殺,離婚など個人的問題まで,相談の範囲はどんどん拡大しています。

A理事:職員の個人的問題にまで助言されるのですか。

黒 木:職員が多重債務や離婚などの悩みを抱えていては,いい仕事はできません。職員が心身ともに健康で笑顔で患者に接することが,病院のサービス向上につながりますので,顧問弁護士は職員の個人的問題についても助言する必要があります。

A理事:個人情報保護法施行後,警察など第3者からの照会に対して消極的対応をする病院が増えていますが,相談はありますか。

黒 木:増加傾向です。照会に対して病院が安易に回答すると患者との信頼関係が壊れますので,警察からの照会であっても患者の承諾を得ないで回答することは避けるのが原則です。しかし,照会事項によっては例外もあるので,私自身が照会文書を精査して,最終判断をします。照会に応じない方針を決定した場合には,警察に対する拒否回答の文書も用意します。

A理事:院内に倫理委員会を設ける病院が増えていますが,顧問弁護士は関係しますか。

黒 木:倫理委員会には,外部委員として学識経験者,法律家が参加しますが,病院としては法学部の先生より顧問弁護士に参加してもらう方が安心です。そのため,私も多くの顧問先病院から外部委員を依頼されています。その場合,私は,倫理委員会の会則起草から委員の人選,効率的な運営方法まで,準備段階の助言もします。

A理事:医療事故防止や医療倫理の向上のため,職員教育の必要が叫ばれていますが,この分野で顧問弁護士はどんな役割を果たしていますか。

黒 木:病院が作成する医療事故防止マニュアル,勤務医や職員の職務規定の作成に助言をします。また,私の顧問先病院の多くは,毎年,私を講師として職員対象の講演会を開催しています。そこで職員と意見交換をすることが,私の勉強にもなっています。

A理事:私は大学時代の友人を顧問弁護士に依頼していますが,顧問弁護士の人選について助言して下さい。

黒 木:病院の顧問弁護士には,医療法令に関する知識のみならず,医学知識や医療事情に関する広範な知識が必要であり,弁護士なら誰でも勤まる仕事ではありません。道内に約500人の弁護士がいますが,病院の顧問弁護士が勤まる程度の知識経験の持主は,極めて少数です。
 特に問題なのは,患者側の代理人として医療訴訟を担当し,被告病院を攻撃している弁護士(道内に約70人いると推定)の中にも,病院の顧問弁護士が少なくないことです。当該弁護士としては,自分はB病院の顧問弁護士だからB病院を被告にする事件は受任しないが,被告のC病院は顧問先ではないので,攻撃しても何ら問題はないと考えています。しかし,C病院としては,B病院が顧問料を支払い医学知識を提供している弁護士が,その知識経験を利用して攻撃してくるわけですから,大いに憤慨します。病院の顧問弁護士が患者側に回ると,医療側の分裂と疑心暗鬼を招き,その悪影響は甚大です。

A理事:そう言えば,昔,ある医師会の現職顧問弁護士が原告患者側についた事件がありましたね。

黒 木:D医師会の顧問弁護士が患者側の依頼を受けてE病院に乗り込み「私はD医師会の顧問弁護士だ。私が患者側を担当する以上E病院が敗訴することは確実だから示談に応じたほうが良い」と言って脅した事件ですね。このような事件があると,医師会の顧問弁護士だからと言って,安心して相談などできません。このような事態を招いた責任は,D医師会のみならず,顧問弁護士の人選に無関心だった医療界全体にあります。

A理事:なるほど,うかつに顧問弁護士を選ぶべきではないということですね。しかし,弁護士は自由業ですから,病院が顧問弁護士に向かって「患者側の依頼を受けるな」などと指図すると,逆に訴えられる心配がありますが,何かいい対策はありませんか。

黒 木:顧問契約書の規定を工夫することです。つまり,顧問弁護士の義務として「顧問先病院のみならず他の病院を被告・相手方とする事件を受任しないこと」を明記し,これに違反した場合は,病院がただちに契約を解除できる条項を定めることが現実的と思います。

A理事:なるほど。既に顧問契約をしている病院の場合,契約書の修正は,契約更新の時まで待つ必要がありますか。

黒 木:法的には,更新時に修正するのが最も容易です。しかし,顧問弁護士にとって顧問先は大事なお客ですから,契約期間の途中での修正要求であっても,応じる弁護士が多いと思います。もし,応じない弁護士なら依頼人は契約の更新を拒絶することになります。

A理事:今日は,顧問弁護士活用法について有益なお話を伺いました。
特に,顧問弁護士の役割がこれほど多岐にわたっていることは,今日初めて知りました。黒木先生は多数の病院の顧問をしておられるので,大変ですね。

黒 木:大変ですが楽しみでもあります。これまで初めてというような事件がある病院で起こると,やがて必ず,他の病院でも同種の事件が起こるものです。その意味で多数の病院の顧問をさせて頂くことは,情報収集のアンテナを張り巡らしていることになり,病院全体のために,早期に対策を検討することが出来ます。顧問病院の相談が多ければ多いほど,私が医療専門弁護士として成長できるわけですから,本当に有難いと思っています。