■ 医事紛争Q&A  (平成8年9月1日 北海道医報掲載)

「怪しげな代理人」
              北海道医師会 顧問弁護士 黒 木 俊 郎


産婦人科の開業医ですが,B子という患者の妊娠中絶手術に関して,東京のXというヤクザ風の男から金を要求されて困っています。Xの話によると、XはB子の内縁の夫だということですが、「B子が先生の妊娠中絶手術を受けたが、出したはずの胎児が残っていたために後日東京のY病院でもう一度手術を受けた。B子は、大変怒ってマスコミに訴えると言っているが、自分が抑えている。B子は、今、外国で仕事をしているので、代わりに自分が代理人として交渉に来た。先生、この始末どうしてくれますか。」と言って、持参したY病院の診断書を見せました。確かにB子の妊娠中絶手術をしたことが書いてありました。私は、「急にそんな話をされてもすぐに返事はできない。少し検討する時間が欲しいこと言うと、Xは「俺は今1泊3万円のホテルに泊まっている。何日も待たせるのなら、そのホテル代も先生に払ってもらうからな。」とすごむので明日返事すると約束して帰ってもらいました。カルテを調べると、確かにB子の手術を私がしていますが、手術は成功したはずです。ところが、Y病院に電話で問い合わせをしたところ,確かにB子の中絶手術をしたという回答でした。どうすればいいでしょうか。



医療事故を種にした詐欺、恐喝事件に発展する可能性が大です。素人判断で対応すると取り返しのつかない事態になる恐れがありますので、ただちに、弁護士に依頼するか、警察に届出るべきです。警察は、Xが警察の暴力団リストに載っている人物なら、迅速に対応してくれますが、そうでない場合には、民事不介入の原則を理由に動かないこともあります。



【質疑応答】

A医師:質問者の手術が成功したという話とY病院の診断書が、どちらも本当だとすれば、質問者が手術した後で、B子がもう一度妊娠した可能性がありますね。

黒 木:そうですね。連続して妊娠した場合、素人が前の手術で胎児が出てなかったのではないかという疑いを持つことも十分考えられます。しかし、そのような善意の誤解によるクレームなら、今回のような荒っぽい交渉スタイルを取らないでしょう。患者であるB子本人が来ないで内縁の夫が出てくることも不可解です。

A医師:B子は、外国で仕事をしているそうですが・ ・ ・。

黒 木:それは、B子を表に出さないための方便ではないでしょうか。B子が出てこないのは、B子から直接話を聞かれては、Xがひと芝居打つのに邪魔になるからでしょう。

A医師:今後の対応のポイントは?

黒 木:先ず第1に、本件が本当に医療過誤だとすれば、被害者はB子であってXには何の権利もないのですから、Xを相手とする交渉は拒否すべきです。

第2に、本件が本当に医療過誤事件かどうかはB子など関係者から十分事情聴取をしないと判断できません。結論が出るまでに相当の時間を要しますが、その間、Xのホテル代を負担しろという要求も、はっきり拒否すべきですと手慣れた恐喝者は、先ず、ホテル代などの名目で少額の金銭を要求し、相手がそれ位ならと応じると、次々と要求をエスカレートさせる戦法をとります。実際に道内でこれと似たような事件が発生したことがありましたが、私が担当してホテル代など一切の要求を拒否したところ、諦めて本州へ引き揚げて行きました。