■ 医事紛争Q&A  (平成9年2月1日 北海道医報掲載)

「医療施設事故 Part2」       
                 北海道医師会 顧問弁護士 黒木俊郎


私は内科の勤務医ですが、私が担当している多発性脳梗塞と痴呆症の高齢の入院患者の件でご相談します。この患者は、入院当初はおとなしかったのですが、数日後の深夜3階のベランダから落下して骨盤骨折となり、寝たきりとなりました。家族は、「病院の管理、監視が行き届かずこうなったのだから、一生入院させて面倒を見てほしい。」と要求しています。そこで、次の点について教えてください。
問1 私の勤務する病院は一般内科ですので、窓に鉄格子などなく、
   誰でもベランダに出られますが、病院の過失になるのでしょうか。
問2 担当医である私は、患者の転落事故の予測ができなかったことに
   ついて、責任を問われるでしょうか。
問3 家族の要求に対して、どう回答すれば良いでしょうか。


本件も医事紛争Q&A(第18回)で解説した医療施設事故の一種です。ただし、第18回のケースが患者が日常的に通行する廊下での転倒だったので、病院の過失が比較的容易に認定される状況だったのに対し、今回は、深夜のベランダという特殊な場所での転落ですから、過失の判断も違ってくる可能性があります。
先ず、第1に問題となるのは、現場状況です。ベランダに手摺りや柵などの転落防止装置があったかどうかが問題です。
 第2に問題となるのは、患者の心理状態ないし意図です。つまり、患者は何故深夜ベランダに出たのか、自殺を企てたり、病院から逃走するために故意に飛び降りたのではないのか、という点が問題です。
以上の諸点についてよく調査しないと、過失の有無を決定できませんが、質問に対する一応の回答を示します。
問1について
 ベランダに何らの転落防止装置もないのに、深夜でも容易に出られる状態のまま放置していたとすれば、病院の過失と判断される可能性が大でしょう。ただし、患者が自殺や逃亡を企てて飛び降りたとすれば、患者の自傷行為ですから、原則として病院の責任はないと考えられます。
問2について
 患者が日頃から自殺や逃亡の兆候を示していたのに、医師がこれを放置したという場合には、医師の責任になる可能性があります。しかし、そのような兆候もないのに、内科医が転落事故を予見することは不可能であり、原則として医師の過失が否定されるでしょう。
問3について
 「一生入院させて面倒を見てほしい。」という家族の願いは理解できますが、それが事件解決のための法的要求だとすれば、拒否すべきでしょう。もし病院に施設管理上の過失があるのなら、病院賠償責任保険を利用して金銭賠償をするのが筋です。「一生入院させて面倒を見る」などという曖昧な約束は、病院の将来に重大な禍根を残すでしょう。


【質疑応答】

A医師:
患者がどういう意図で深夜ベランダに出たのか本人聞いてみたい気がしますね。

黒 木:それを聞かないと判断できませんね。

A医師:もし、話が聞けないまま裁判になった場合、裁判所はどうするのでしょう。

黒 木:ある精神病院で患者の転落事故が発生し、提訴されました。私が病院の弁護を担当して患者の尋問を申請したのですが、患者が話もできない状態で、尋問できませんでした。しかし、裁判所は、現場状況、事故前の患者の精神病の病状などを総合勘案して、「患者が帰宅願望に駆られて、病院から逃亡しようとして飛び降りたもの」と認定し、病院の過失を否定する判決を下しました。