■ 医事紛争Q&A

「医師の届出義務」
               北海道医師会 顧問弁護士 黒 木 俊 郎


私はある病院の院長ですが、医療事故の届出義務の問題で悩んでいます。
医師法21条によると、「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産時を検案して異状があると認めたときは24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」と定められております。
もし、私が院長として経営している病院で勤務医が医療事故を起こし、それが原因で入院患者が死亡した場合、勤務医には「異状死体」の届出義務がありますか。また、院長である私は、勤務医に届出をさせる義務がありますか。


異状死体を検案した医師には、医師法21条による届出義務があります。
24時間以内に警察へ届け出なければ、その医師が医師法33条の2により「五十万円以下の罰金」に処されることになります。
さらに、勤務医が異状死体を検案しながら届出を怠り、院長も医療事故による死亡の事実を知りながら、これを放置していた場合には、屈出義務違反の共同正犯として両者とも有罪になる恐れがあります。


【質疑応答】

院 長:医療事故と一口に言っても、病院側の手落ちが明らかな場合もあれば、過失があったかどうか判断のつかない場合があります。後者の場合でも届出の義務があるのでしようか。

黒 木:日本医師会では、医師の義務が強化されることに反対する立場から、単なる医療事故の場合は、医師法の届出義務はないと主張しています。しかし、日本法医学会は、医療事故による死亡も異状死体に該当するから、死体を検案した医師には、届出義務があると解釈しており、以前から医師の間で論争が続いていました。しかし、法律家の通説は法医学会の見解を当然のことと考えています。
 最近、東京地裁判決は、r診療中の入院患者であっても、診療中の傷病以外の原因で死亡した疑いのある異状が認められるときは、死体を検案した医師は届出をしなければならない」との判断を示しました。(東京地裁平成13・8・30判決、判例時報1771号)従って、患者の死因が、病死や自然死でないと考えられる場合には、医療過誤かどうかに関係なく、警察への届出をするべきです。

院 長:東京地裁の判決では、院長も処罰されたそうですね。

黒 木:そうです。この事件の特徴は東京都立病院で医療事故死が発生し、院内の対本会議で警察に届け出ることに決まったのですが監督官庁である東京都衛生局に相談したところ、担当者から自分が行くまで届出は待って欲しいと要請され、それまで保留しているうちに24時間が経過してしまったことです。
そのため、東京地検は、都の職員と院長の責任が重いと判断し、彼らが勤務医と共謀して届出義務違反を行ったと主張して、3人ともに共同正犯として起訴しました。その結果、裁判所は、院長、勤務医の共謀を認めて両者を有罪としました。

院 長:都の職員の指示に従っただけの院長が、どうして有罪になったのですか。

黒 木:院長は、医療事故の内容や医師法による届出義務を知っており、院内の対策会議まで開き、会議で警察に届け出ることが決まっていました。そこまで、状況を認識していた以上、その後都の職員の指示により、届出を保留した行為は、勤務医と共謀して届出義務違反の罪を犯したものと認めるのが相当であるというのが判決の結論です。

院 長:都の職員はどうなりましたか。

黒 木:都の職員は、医療事故の内容や医師法についての認識が乏しく.医師法違反を共謀したとまでは言えないとして無罪となりました。

院 長:間違った指示をした都の職員が無罪で、院長が有罪というのは、何だか納得できませんね。

黒 木:確かに、都の職員が変な指示をしなければ、届出が実行されていたでしょうから、その意味で、院長が気の毒です。しかし、院長は、病院の管理職として、医師法をきちんと履行させる立場にあり、届出義務を認識していた以上、都の職員の指示に従うべきではなかったのです。
 この事件は、医師がきちんとした法的判断に基づいて毅然と行動することの大切さを教えています。